私がここに立つまでの話
― 立ち止まった日のこと
私は旅行の仕事が好きだったし、日本中の宿や観光地を支える仕事に誇りを持っていました。でもある時期から、アクセルを踏み続けることが当たり前になっていて、気づいたときには体が限界を迎えました。立ち止まることを余儀なくされた中で、ふと半生を思い返したとき、二つの気持ちが同時に湧いてきました。
ひとつは、感謝。これまでの人生、本当にたくさんの宿や土地や人に育ててもらったなという気持ち。
もうひとつは、違和感。速く成果を出すことを求められる世界で、傷ついていく人たちを何人も見てきました。一緒に頑張ってきた仲間が、心身ともに消耗していくのを見ながら、自分の人生は“これでいいのか”とずっと思っていた気がします。
そして今の自分のいる場所を思い返した時に見えてきたものがありました。
それは自分が長年応援してきた方々は、旅館の女将さん、地域の生産者さん、土地に根ざした事業者の皆さん、とにかく全員がその土地に根を下ろして、その地を背負って生きている人たちばかりだったんです。
一緒にお仕事させていただく中で、その背中をずっと見てきました。心から尊敬していたし、どこかで羨ましくも思っていたかもしれません。
「だったら自分は、どこに根を下ろせるんだろう。」その答えを探しに、ルーツを辿る旅に出てみたんです。
― ルーツを辿る旅で見えたこと
父は小諸、母は上田。東御は、その間にある土地でした。祖父母は果樹農家でした。せっかくだからと、先祖のことも調べて足跡が宿る善光寺や北向観音にも足を運んでみると、一族の中に小海線の開通に寄与した人がいたり、銀行頭取として地域社会に貢献した先祖がいることを知りました。
なんだか不思議な気持ちになりました。
みんな、それぞれの時代にその土地で何かを育てようとしていたんだなと。もしかしたら自分は、先祖たちの生き方を無意識に辿っていたのかもしれないと、そのとき初めて思えたんです。
そして自分自身のことに戻ってみたとき、子どもの頃の記憶が浮かんできました。祖父母の果樹農家で、桃とリンゴの収穫を手伝っていたあの時間。子供のころの一番ゆたかな情景でした。
なんであんなに豊かだったんだろうとふと考えてみたんです。
きっと、誰かに評価されることを考えていなかった。成果を出さなきゃという焦りもなかった。好きなことに、ただただ夢中になっていただけで。それだけで、十分すぎるくらい満たされていた。急いでいなかったからかもしれません。そこからは自然な流れで、自分も土地に根を張り、時間をかけて未来に残るものを育てていきたいと思いました。
ちょうどその頃、ずっと好きで飲み続けてきたワインのことを改めて考えるようになりました。
観光の仕事がきっかけで出会ったワインでしたが、ルーツを辿るこの旅を経て、ワインも、畑も、家族も、仲間も、地域との関係も急いでは本物にならないことが共通していることに気づいたんです。
本当に愛するものには、効率ではなく、手間と時間をかけるべきだと、そのとき強く感じました。だから、ワインを売る場所ではなく、愛するものに時間をかける喜びを、みんなで共有し合う場所をつくりたいと思ったんです。
― ここでならできる、と思った畑
東御との縁は、少し不思議な形でやってきました。
2020年、コロナ禍の最初の年に、千曲川ワインアカデミーの6期生として参加したんです。栽培・醸造研修施設「アルカンヴィーニュ」から眺めた景色に、本当に感動して。
「ここでワインをつくれたら」と思ったのは、本気半分、冗談半分でした。でも同期の仲間たちと一緒に、小諸や東御一帯を歩き回って畑を探し始めたんです。
転機になったのは、玉村豊男さんとの出会いでした。「ワイナリーをやるなら東御でやりなさい」と。そして地元の西沢さんをご紹介いただきました。驚いたのは、西沢さんが偶然にも前職のクライアントだったこと。お互いに目を丸くして、笑い合いました。縁というのは、本当に不思議なものです。
東御でまとまった畑が見つかるのは稀有なことで、正直、簡単には見つからないだろうと思っていました。でも西沢さんが、土地を譲ってもいいという地主様と出会い、引き合わせてくださって。
その畑に立ったとき、「ここでならできる」と確信しました。標高900m。南向きの斜面。温暖化にも耐えうる場所だとも思いました。何より、空気が違った。この土地が、何かを育てることを待っているように感じたんです。
― つくりたいワインと、つくりたい場所
どんなワインをつくりたいかと聞かれたら、こう答えます。
飲んだとき、その畑の風景が思い浮かぶようなワイン。完成に至るまでに関わったみんなの笑顔が思い浮かぶようなワイン。純真で繊細で、華やかで、でもその奥には土地の力強さがある。出来上がった瞬間がピークなのではなく、時間をかけるごとに味わい深くなっていく。上質を目指すけれど、押しつけがましくない。土地と時間を感じることができる。そんなワインをつくりたいと思っています。
そして、ここをどんな場所にしたいか。
常緑の大樹のような場所にしたいんです。木陰をつくって、人々が心地よく集まってくる。そんなイメージです。畑やワイナリーを介して、偶然集まった人たちがいつしか友になって、温かな交流が生まれるコミュニティ。ここに来ると、自分を取り戻せる。元気になって、また明日から頑張ろうと思える。いつの間にか「ただいま」「おかえり」と言い合える、故郷みたいな場所。
そして最後にひとつ、少し大きな話をさせてください。
私たちは、7世代先の人たちに「よき祖先だったね」と思ってもらえるように生きていきたいと思っています。急いでは本物にならない。本当に愛するものには、効率ではなく、手間と時間をかけるべきだと、今は確信しています。
La Maison Rustiqueは、ワインを売る場所ではなく、愛するものに時間をかける時間を共に喜び、そんな時間を一緒に過ごしていく場所にしたい。
そう思って、この畑に立っています。